山あり谷ありの私のおっぱい育児

山あり谷ありの私のおっぱい育児 第一子を出産するまでは、出産の大変さばかりが頭にあり、これからはじまる母乳育児への不安を感じるどころか、全く無知の状態なので、初乳が黄色いこと、それには免疫がものすごく含まれていることなど、すべてが初耳、初体験のことばかりで幕を開けました。

 

第一子を産んだ病院は母子別室のため、赤ちゃんは新生児室にいたので、3時間おきに授乳室に通うことになるのですが、出産後24時間は母親は安静にということで、授乳に通えずにミルクを与えられていたみたいです。

 

後からこのことをものすごく後悔することになるのですが、母乳をどのくらいの間隔で赤ちゃんに飲ませるのか、そもそも、新生児という存在と初めて接することになるのでどのくらい飲んでどのくらい寝るのかさっぱりわかりませんんでした。

 

24時間はおっぱいをあげれないと聞いても不思議にすら思いませんでした。

 

会陰切開の傷がとても痛み、おっぱいどころではなかったのですが、みるみる腫れてカチカチになるおっぱい。

 

これが最初のおっぱいトラブルです。

 

自分の体がこんなにみるみる変化するんだと不思議な気持ちでしたが、会陰切開の傷の痛みだけでなく、後陣痛もひどく、熱をもったおっぱい。

 

出産後にこんな痛いことがあるなんて、誰も教えてくれなかったし、本に書いてないかったような・・・と意外とつらい入院生活でした。

 

出産後数日たつと、体の痛みもだんだん癒えてきましたが、おっぱいだけは別です。

 

今にもはじけるんじゃないかと思う私のおっぱいに対して赤ちゃんの吸う力は微々たるもの。

 

吸われるとすぐに新しいおっぱいがトクトクと湧くのに途中で寝てしまう赤ちゃん。

 

やばい!次のおっぱいまであと3時間!おっぱいがはじけるー!と何度も思いました。

 

しかもここの病院は授乳室の入り口に栄養たっぷりの野菜ジュースなどが毎回置かれているんです。

 

水分を摂ってたくさん母乳をだして!ということなのでしょうが、私にはつらかったです。

 

1週間がたち、私は里帰りしていた実家に戻りました。

 

病院では夜中はお母さんの安静のために3時間間隔で授乳室に無理に通わなくてもよかったのですが、そうするとミルクを飲まされるので、それが嫌で頑張って夜中も起きて授乳室に通っていました。

 

実家に戻り、赤ちゃんと常にそばにいれる状態になると昼間はこまめにあげていました。

 

ですが、結構よく寝る赤ちゃんで、夜中は起こさなかったら大丈夫かな?というくらい長時間寝ていました。

 

よく出るおっぱいの割によく寝る赤ちゃん。

 

赤ちゃんと私のあまりタイミングが合わず、悩んでいたところ、母が親戚からおっぱいマッサージをしてくれるいいところがあるよと紹介してもらい通うことになりました。

 

新生児を抱え車で30分ほどかかる助産所に行くのは結構大変でしたが、とりあえず行ってみると・・・。

 

おばあちゃんくらいの年齢のベテラン先生が赤ちゃんの抱き方から私が知らなかったことをいろいろと教えてくれました。

 

抱き方も相当悪かったみたいで、とにかく深く飲ませなさいと言われました。

 

実践もしてもらいましたが、なかなか自分ではうまくできなかったです。

 

一番に掲げているのは、昼間、夜中にかかわらず2時間半おきに授乳するという指導でした。

 

そして、もち米など食べてはいけないものもいろいろありました。

 

初めての出産で若かったし、意気込んでいたのもあって、その初めて聞いた指導を忠実に守ろうとしばらく努力しました。

 

夜は赤ちゃんが寝ていても、私がいくら眠たくても目覚ましをかけて2時間半以内の授乳です。

 

たしかに短時間授乳をするとおっぱいが真っ白から少しにサラっとした薄い青白い色に変わります。

 

それが質のいいおっぱいの証拠だそうです。

 

張るまえに飲ませる、なのでこれが忠実に実行できれば確かに楽は楽です。

 

ですが、寝れないのです。

 

睡眠不足で思ってもみないおっぱいトラブルです。

 

つまり、精神的に悩むのです。

 

これでいいのかと。

 

寝ている赤ちゃんを起こしている自分に迷うのです。

 

お腹もすいてないのに自分だったら食べれるのかと。

 

眠たいのに起こされてはいごはんよ、と。

 

“ある時、赤ちゃんにおっぱいを噛まれて傷ができて痛くて痛くて授乳が怖くなった時にまた通いました。

 

噛まれるのはおっぱいがまずいからだ、お母さんがいい食事をしてないからだと言われてまた落ち込むわけですが、それもそうかもしれないと思いあたることもありました。

 

傷ができたときはユキノシタという葉っぱを貼り、赤ちゃんを寝かせて反対から覆いかぶさるようにして、力のつよい下唇が傷に当たらないように飲ませるやり方を教えてもらいました。

 

その後も、おっぱいがつまり乳腺炎になった時に絞ってもらったり、何度か足を運んだと思いますが、金銭的にもつらくなり、何より心に余裕がなくなり、通うのをやめました。

 

またおっぱいトラブルがあったらどうしようと悩みましたが、その時はその時に考えようと思いました。

 

思えば第1子の時が一番悩んでいたと思います。

 

アレルギーもあったので、私の食べ物にも大変気を使いました。

 

第2子にもアレルギーがあり、乳腺炎になったのを機に途中でおっぱいを中止する薬を飲み、泣く泣く母乳育児を途中で断念して大豆ミルクに切り替えました。

 

第3子、第4子の時は出産した産院が母乳育児に大変力を入れていて、産むだけでなく、産んだ後のおっぱいトラブルへの対処を夜間でも救急扱いでしてくれて何度助けられたか分りません。

 

あの乳腺炎の言いようのない痛みと不安を取り除いてくれる場所があると思うだけで安心したものでした。

 

自分自身の体も変化したのか第4子の時は乳腺炎に一度もならず赤ちゃんが欲しいときにあげる、私が理想とするまさに自然育児ができました。

 

いろいろ失敗し、悩んだからこそできた母乳育児だったと思います。

 

最初から自然にできればよかったのかもしれませんが、あれこれと悩みやってきたこともひとつの愛情の形でこれもよかったのかなと今では思っています。

 

今でも時々思い出す懐かしい時間でした。

 

山あり谷ありの母乳育児でしたが、きっと自分も母として大いに成長させてもらったと思っています。

 

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