これじゃイヤ!哺乳瓶断固拒否宣言。

これじゃイヤ!哺乳瓶断固拒否宣言。

 

私には息子と娘の二人の子供がおります。

 

私が26歳と28歳の時にそれぞれ誕生しました。

 

あっという間に年月は流れ、長男は去年に成人式を行い、娘も今年成人になります。

 

先日は振り袖姿の前撮り撮影も行い、すっかり立派なレディに成長した娘ですが、小さい頃は苦労の連続でした。

 

今でこそ笑い話となりましたが、当時は随分と悩んだものです。

 

それはお腹の中にいる時からでした。

 

妊娠中は頸管無力症で早産になりそうだったので頸管を縛る手術をしたのですが、いざ臨月になった時には、すぐに生まれるかと思いきや全開になる前に仮死状態となり、急きょ帝王切開になりました。

 

長男は普通分娩でしたので出産時は初めてという事もあり経験したことのない痛みでしたが、深夜に出産した後、朝の七時には起きて歩くこともできました。

 

ところが帝王切開の手術の麻酔が切れた後は、切ってある上に子宮の収縮もあり痛みが酷くて起き上がる事もままなりませんでした。

 

そして、そんな状況だったためか記憶が曖昧なのですが、最初の二日間はまともに授乳もできませんでしたので、おそらく病院の方でミルクを足してもらっていたと思います。

 

ですから娘は哺乳瓶を経験しているはずなのです。

 

なのに、産後しばらくして、実母や義母に預ける時や外出時などに哺乳瓶でミルクを与えようとすると、口を閉じて絶対に咥えようとしないのです。

 

無理に入れても舌で押し出す始末です。

 

これには弱りました。

 

まず、ほんのちょっとの時間でも預ける事ができないのです。

 

お産から一か月間は授乳の頻度は一時間から二時間に一回。

 

これは完母だから仕方ありません。

 

長男の時もそうでしたから。

 

しかし、生後三か月ともなれば授乳と授乳の間隔は長くなります。

 

紙オムツとミルクがあれば数時間は預けられるはずでした。

 

ところが娘は母乳しか受け付けませんから、お腹が空けば、おっぱいを咥えるまで泣き続けることになります。

 

これには弱りました。

 

息子とは二歳違い。

 

夫は協力を惜しみませんでしたが、それでもまだまだ手がかかります。

 

おっぱいから離れない娘。

 

まだまだ赤ちゃんの息子。

 

それでも何とかなったのは同居する義母がいたからだと思います。

 

私は母乳の出る量が多く、飲ませていない時に溜まった母乳を絞るのをさぼるとすぐにパンパンに張って痛くなり大変な事になっていました。

 

初めての子である息子の時には、ある時などは息子の飲む量以上に母乳が出続け、飲むのを止めても母乳が止まらずに顔にかかってしまい、大変な事になりました。

 

量が多くて困ってはおりましたが、息子は母乳でもミルクでもどちらでも良かったので、外出時や預ける時はミルクで授乳していました。

 

ところが娘は絶対母乳宣言とでも言いましょうか、授乳は私のおっぱいしか受け付けませんでしたから、預けて外出する事はなく、外でお腹を空かせた時には仕方がないので、服の中に入れて授乳をしていました。

 

何時でも何処でも授乳せざるを得なくなってしまったのです。

 

当然、服はゆとりのあるデザインのものしか着る事ができません。

 

今思えば結構恥ずかしい状態だったかもしれません。

 

それでもその頃は他人の目など気にしていられませんでした。

 

娘の生命線はただ一つ、私の母乳だけだったのですから。

 

そんなこんなで一年間はとても大変でした。

 

ただ、おっぱいで授乳する頻度が多くなったせいか、張りを感じる事は息子の時よりも少なかったかもしれません。

 

唯一、娘の時の授乳で楽だったのは、おっぱいが溜まりすぎない事でした。

 

それに、最初こそ大変でしたが、慣れてくると、息子の時とは違って外出時にミルク用のお湯を持ち歩く必要もなく、もちろん携帯用の小分けタイプのミルクを買う必要もないし、家でも哺乳瓶は使いませんから消毒する必要もありません。

 

だから、必要経費は紙オムツと衣類ぐらいで、その他諸々は息子の時のものがそのまま流用できましたから、歩いて動きまわるまではそんなにお金はかかりませんでした。

 

自給自足で育てたようなものでした。

 

おっぱいしか受け付けなかった娘ですが、何故か混合だった息子よりもプクプクふっくらと成長したので、栄養が足りないということもなかったようです。

 

そうして完母で育った娘ですが、なぜか離乳は苦労しませんでした。

 

息子がやることをそばで見ていて覚えたのでしょうか。

 

息子がごはんを食べるから娘も真似をして食べ、マグでフォローアップミルクを飲む事もすぐにできるようになりました。

 

大きく育って、顔も真ん丸の綿あめのようだったのが、歩くようになると急にスッキリとしたのも不思議でした。

 

なお、授乳期間中に何度か出が悪くなる時があったのですが、なぜかその時は1.5リットルのコーラを一気飲みすると出る量が元にもどったのでした。

 

どういう理屈でそうなったのか、単に水分不足だったのか、それともコーラの成分に母乳を増やすものが含まれているのか、まったく不明でした。

 

他の飲み物でも同じ効果があったのかもしれませんが、なぜかその頃はコーラ以外は頭にありませんでした。

 

まだ20代で体力もあったから、コーラ1.5リットル一気飲み等という無茶な事もできましたし、夜中に何度も起きる授乳の頻度にも耐えられる事ができたのでしょう。

 

時には寝ぼけながら、またある時は秋葉原でも授乳をしました。

 

時々思い出してヒヤッとするのは、添い乳をしながらうっかり寝てしまったことです。

 

二人ともやってしまったことがあるのですが、一歩間違えれば押しつぶしてしまったり、窒息させてしまったりしまったかもしれません。

 

運が良かったのか、二人とも死なせずに何とか成人するまでに育ちました。

 

授乳期間中には色々と苦労することもありましたが、20年も経つと辛かった気持ちはだいぶ薄れてきたようです。

 

忘れる事が良いともかぎりませんが、必ず離乳というゴールがやってきます。

 

乳首がちぎれんばかりの強さで思い切り噛まれたこともありましたが、その力で乳首ではなく焼き鳥をかみちぎる様になりました。

 

大きくなって、二人と一緒に母乳ではなくビールを飲む日も近づいてきました。

 

そのビールへの道は母乳から始まったのです。

 

大変でしたが、苦労が報われました。

 

カテゴリー: 未分類 パーマリンク